テキサスM.D.Anderson Cancer Center 臨床検査部レポート

順天堂大学臨床病理学教室 田部陽子


テキサスM.D.Anderson Cancer Center 臨床検査部レポート−その1−

はじめに

 テキサス州はカーボーイと石油の土地。テキサスの中心都市、ヒューストンは、オイルメジャーが結集する石油産業とNASA宇宙センターと全米最大規模のテキサス医療センターの存在で知られる全米第4位の都市です。街の中心部から小1時間もドライブすれば「大草原の小さな家」の舞台そのままの草原が延々と続くこの土地にNASAや心臓移植センターや癌センターができたのは、石油産業で潤った経済のお陰です。ヒューストンは、石油関連企業のモダンな高層ビルが建ち並ぶダウンタウン、南側に少し離れて医療センター、さらに郊外に宇宙センターと産業別にすみわけられています。医療センターは、Texas大学とBaylor医科大学の関連病院群で成り立っており、米国各州はもとより世界中から訪れる患者とその家族のための宿泊施設として建ち並ぶホテルとあいまって、それ自身が1つの都市という印象です。

 この医療センターの一角をなすM.D.Anderson Cancer Center(以下M.D.Aと省略)で骨髄移植部門に属する分子血液学・治療科のポスドク・フェローとなって1年半が過ぎ、生活、研究にも慣れてきたところで、このたび、こちらの臨床検査についてレポートすることとなりました。今回の一連のレポートは、M.D.Aの臨床検査部門の紹介が主になります。M.D.Aは、特殊な癌専門病院であることから、必ずしも一般化できる話題とはならないかもしれませんが、1つのケ−ススタディとして、僅かでもお読みくださる方々のお仕事の参考になるものがあればと願っております。

 今回は、まず、M.D.Aについてその特徴的な外来システムを中心に紹介したい。 M.D.Aは、U.S.News誌が毎年発表するAmerica's Best Hosptalの癌治療部門ランキングで知られている。例年、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (New York)、Johns Hopkins Hospital (Baltimore)とともに最上位を競っているが、このランキング基準は、"The best cancer centers take difficult cases and run manyclinical trials."で、いかに先進的医療に取り組んでいるか、が重要になる。M.D.Aが抱える研究室総数は2001年現在で614を数え、検査部門を含めて全ての診療部門が複数の研究室を有し、主に癌治療に直結する研究に取り組んでいる。

 米国医療システムをみるとき、その入院期間の短さと外来医療の充実に驚かされるが、ここもその例外ではなく、ほとんどの患者は、24時間体制の外来で治療を受けている。2001年の年間入院患者総数は、1万8604人、一日平均入院患者数371人、平均入院期間7.3日で、患者の入院期間は年々短縮傾向にある。一方、外来患者数は増加傾向にあり、2001年の年間外来患者総数は、46万9068人(1日約1500人)で、外来診療を主とする体制が貫かれている。ちなみに、日本の国立癌センター中央病院(東京、築地)の2000年の入院患者総数20万7242人、外来患者総数20万6667人と比較してみると、M.D.Aの外来患者数が国立癌センター中央病院の2.3倍なのに対し入院患者数は1/10弱である。

 M.D.Aの新規受診患者のうち、ヒューストンの住民は21.5%にすぎない。ヒューストン以外のテキサス州各地から受診する患者36.3%、テキサス州以外の全米各地から受診する患者36.5%、海外から訪れる患者は5.7%で、約3/4の患者はヒューストン以外の地域からM.D.Aを受診する。そしてこれらの患者のほとんど全ては、ホテル等に宿泊しながら、外来治療を受けることになる。こうした患者のためのホテルが医療センター内に数多くあるが、M.D.Aは、1993年に病院隣接の直営ホテル(198室、平均稼働率89%)を経営しており、さらに2000年には、受診患者の増加に対応するため新たに124室を増築した。このホテルでは、24時間体制で、M.D.Aからの訪問治療、看護、検査が受けられる仕組みになっている。

 しかし、このような直営ホテルに限らず、全ての外来患者に対する検査、治療はほぼ24時間体制で行なわれている。そのために多くのパートタイム人員を含めて職員の時間ローテーションはバラエティに富んでいる。検査部門管理部のChakrabarty副部長によると、昼間は働きながら夜間に化学療法を受ける患者や単に道路渋滞を避ける目的で夕方からの治療を希望する患者のために夜間の検査・治療が積極的に行なわれている。また、アフターファイブを希望する輸血血液提供者の希望を容れて、輸血部の人員配備は、夜間がピークとなる。こうしたシステムが、入院診療の減少と外来診療の充実を可能にしている。外来診療の充実は、医療費の削減に繋がるばかりでなく、患者個人の日常を維持し、より多く家族とともに過ごす時間を持てるという意味合いを持つという。 外来診療で常に問題になるのが待ち時間だが、1999年には、外来待ち時間の短縮がM.D.Aの年間改善目標として掲げられ、その実現に臨床検査部が大きく貢献した。当時の外来患者数は、1日約1200人。外来患者が当日に受ける化学療法の適正薬用量を決める際には、血液検査の結果が必要なため、大多数の外来患者に血液迅速検査が行なわれる。外来待ち時間の短縮には、採血から結果報告までの時間短縮が不可欠とされたが、臨床検査部は、これを1998年の平均60分から1999年には38分にまで短縮した。

 「37%というこの大幅な報告時間短縮をどうやって実現したのか。」という私の質問に対するChakrabarty副部長の答えは、「コンピュータシステムの改善」だった。同副部長によると、検査検体のバーコード処理から結果報告に至るまでの様々な段階で、頻繁に起こっていたコンピュータシステム上のトラブルを徹底的に排除するという努力が実を結んだということだった。これに加えて、採血室から検査部への検体の搬送自動化システムも効率的に機能したという。

 検査部門の病院収益への貢献度も見逃せない。2001年のM.D.Aの総収益の65.5%を占める患者からの収益(8億3960万6189ドル;約1091億4880万円)の15.7%は、検査部門が稼ぎ出しており、これは、薬剤部門の28.3%に続く。ちなみに第3位は画像診断の13.0%、第4位は手術部門の10.8%となっている。

 M.D.Aの検査部門の正式名称は、Division of Pathology & Laboratory Medicineといい、計91名のM.D.およびPh.Dスタッフを擁する。これは、9部門に分かれる病院診療部門のなかで、Division of Cancer Medicine(癌内科部門)、Division of Surgery(外科部門)に続く3番目に大きな部門である。検査部門は、Pathology (anatomical pathology)とLaboratory Medicine (clinicalpathology)を統括しているが、実際には、Department of Laboratory Medicine(臨床検査部)、Department of Hematopathology (血液病理部)、Department of Pathology (病理部)、Department of Molecular Pathology (分子病理部)という4つの部に分かれて機能している。8名のM.D.と2名のPh.D.が勤務する臨床検査部のもとには、生化学検査室、細菌検査室、血液検査室、輸血室、HLA室、検体処理室等が置かれている。この中で、血液検査室は、血液病理部のもとにある免疫・フローサイトメトリー検査室、分子診断学室、細胞遺伝学室と直結する形で機能している。主に白血病の診断、研究に従事する血液病理部には、これら3検査室の他に骨髄検査室が含まれており、6名のM.D.と17名のPh.D.を擁して、より研究色の強い仕事を行なっている。検査部門に属するそれぞれの部が、複数の研究室と研修プログラムを持ち、それぞれに研究スタッフや研修医を擁して、日常業務の他に研究、教育にも注力している。次回以降は、臨床検査部の日常検査業務に関するレポートとともに研修プログラムについても紹介していきたいと考えている。

参考資料
1. The University of Texas M.D.andeson Cancer Center 1999 Annual Report
2. http://www.mdanderson.org
3. http://www.ncc.go.jp/jp/

テキサスM.D.Anderson Cancer Center 臨床検査部レポート−その2−

 M.D.Anderson Cancer Center (MDACC) 臨床検査部 (Laboratory Medicine)は、9名のMDおよびPh.Dの他、250名の臨床検査技術士(medical technologist)と150名の技術者 (technician)を擁する。検査部の業務は、1)MDACCで治療を受ける癌患者の健康状態の全般的評価に必要な日常検査、および2)癌疾患の診断、治療に有用な検査、である。1820種類の検査が院内検査部で行なわれている。

 検査室は、コア検査室の他、サテライト検査室が院内数カ所に設けられている。検査検体の流れを概説すると、まず、臨床各科で採血された検体には、検査依頼医師によって、通常・緊急検査のいずれかが選択され、検査項目優先順位がつけられた上で、全自動搬送システムまたは、スタッフによる搬送のいずれかによって最寄りの検査室に運ばれる。運搬から分注その他の検体処理は、一般サービス室(詳細後述)の管轄下にある。各検査室での自動分析器の計測結果の大部分は、直接、検査部コンピューターシステムにとり込まれ、即刻、院内臨床各部門のコンピューター上での検索が可能となる。結果報告までの時間は、原則的に、緊急検査で1時間以内、通常検査で2時間以内となっている(例外として、シークエンシングを含む遺伝子検査や電気泳動等を必要とする特殊化学検査、培養等に時間がかかる微生物検査がある)。検査を迅速かつ正確に実施、報告するためには、優れた全自動分析機器とコンピューターシステムが不可欠である。特に、コンピューターシステムの充実は、検体の搬送から結果報告に至るまで検査室業務の生命線であり、MDACCでは、常時6名から12名の専門スタッフが検査室独自のコンピューターシステムの運営・管理にあたっている。いずれも医療検査システムに関する講習等を受けた専門スタッフで、日常のシステム管理の他、ハードおよびプログラミングの改善・開発に従事している。

 検査業務面での職務内容を概説するにあたっては、前述の臨床検査技術士 (medical technologist)と技術者 (technician)の説明が必要となる。臨床検査技術士とは、4年制大学で学士号を取得した者、技術者は、高等学校卒業以上の者で、さらに2年間短期大学または専門学校での教育を終えた者に対しては、臨床検査技術者(Medical Laboratory Technicnian; MLT)の資格が与えられる。これらの検査技師は、州法で定められたガイドラインに沿って各検査室に配置される。つまり、各部署には、必ず数名の臨床検査技術士が配置されなければならず、かつ、血糖値測定等のベッドサイド検査も臨床検査技術士が担当する。また、血液形態学的検査、細菌・ウィルス培養・同定検査、アイソザイム検査等の技術、知識、熟練を要する検査についてはASCP(American Society for Clinical Pathology)の認定を受けた臨床検査技術士が検査を担当し、HLA検査室等で行なわれるシークエンシングやDNA、PCR検査等の遺伝子検査は、一定期間(通常6ヶ月程度)の研修の後、臨床検査技術士が正式に配置され、専門検査に従事する。前述のように、MDACCでは、臨床検査技術士の雇用比率が技術者を大きく上回り、また、独自の教育システムも有してマンパワーの充実を図っている。各検査室、部署別の検査の管理・運営には、主任(臨床検査技術士)があたり、臨床検査医(MD, Ph.Dを含む)は、臨床科に対する検査結果のコメント、コンサルタント業務を担当する。

 臨床検査部内の主要検査室として、管理室(Administration)、一般サービス室(General Service;検体採取、検体処理、緊急検査を含む)、生化学検査室(Clinical Chemistory)、血液検査室(Hematology)、微生物検査室(Clinical Microbiology)、輸血室(Transfusion Medicine)、HLA検査室がある。(心電図検査や超音波検査、呼吸機能検査等の生理機能検査は、臨床検査部の管轄外である。) 以下、検査室別の検査業務内容を概略する。

 一般サービス室: スタッフを24時間体制で配置し、入院、外来患者の検体(血液、尿)採取・搬送を行なう。動静脈採血や中心静脈カテーテルからの採血、血糖値測定に関しては、専門の臨床検査技術士が業務にあたる。日常業務の他、随時、新しい検体採取器具や搬送容器の評価を行なっている。

 生化学検査室: 診断および病態の把握、治療効果の判定に必須の生化学検査であるが、迅速性と同時に採算性が求められる。生化学セクションは、血液生化学検査の他、尿分析、血中薬剤濃度定量等を行ない、特殊化学セクションでは、蛋白電気泳動、アイソザイム検査、免疫電気泳動検査、甲状腺機能検査、各種ホルモン関連検査、腫瘍マーカー検査等が実施されている。MDACCの2001年の生化学検査室検査件数は、285万8441件であった。これは、国立癌センター中央病院(東京、築地)の2000年検査件数(生化学238万3558件、尿分析50万1334件)とほぼ同数である。

 血液検査室: 血液検査室は、高度に自動化された検査室で、1日平均の血液検査検体900件、凝固機能検査検体450件を処理している。この検査件数は、国立癌センター中央病院の2000年血液検査件数86万1022件の約半分にあたる。入院・外来別、また血液腫瘍・固形腫瘍別に検査室を設置し、さらに緊急に検査情報を必要とする項目に関しては、特別緊急サービスを提供している。1日900件の血液検査のほとんどが熟練臨床検査技術士の鏡検による形態検査を必要とし、さらにそのうちの約5%に関して、血液病理医による同定、定量、あるいは病型分類についての再評価にまわされる。凝固異常検体についても同様に、血液病理医が必要な検査を追加し、病態評価する。

 微生物検査室: 全ての病原微生物(好気性菌、嫌気性菌、マイコバクテリア、寄生虫、真菌、ウィルス)の分離、同定、および薬剤感受性検査、診断学的血清検査を行なう。また、細菌検査室は、院内全域の感染コントロールプログラムを管理しており、臨床各部門に院内感染発生率の調査データを提供し、教育活動をおこなっている。

 輸血検査室、HLA検査室: 輸血、HLA検査、献血者募集業務を担当する。輸血室は、MDACCの患者の治療および手術時に必要な全ての血液成分を供給しており、肝炎、HIV、CMV等のスクリーニング検査、組織適合性検査、自家末梢血プログラムサービス等が主な業務である。また、献血者獲得のため、ダイレクトメイル、テレビ、ラジオを通じたキャンペーンの他、企業、学校、教会やその他のボランティア組織への依頼を行なっている。輸血検査室およびHLA検査室は、臨床各科および血液治療に関連する様々なセクションと緊密に連絡をとりあい、癌患者に対して最も効果的な治療支援に努めている。両検査室業務は、患者の疾患、病状、治療方針、使用薬剤等の情報を完全に把握した上で実施されている。

 MDACC臨床検査部の優良な検査サービスは、優れたマンパワーと最新の分析機器の導入および先進的コンピューターシステムによって実現しているが、これらは検査部の収益によって支えられている。 トンプソン検査部長秘書によると、臨床検査部が医療保険機関あるいは患者本人に請求する検査費は、年間約1億ドルだが、保険機関の支払い拒否等の理由で、請求額の約40%が未回収の状態であるという。つまり、臨床検査部の年間収入は約6000万ドルとなる。一方、臨床検査部の年間総コストは、約3200万ドルで、請求額の40%が未回収のまま残ることになっても、なお、約2800万ドルの利益計上となる。この収益が、検査部の施設、設備の改善、拡充に還元されているのである。次回は、臨床検査部の研究、教育システムについて紹介したいと考えている。

参考資料
1. The University of Texas M.D.andeson Cancer Center 2001 Annual Report
2. http://www.mdanderson.org
3. http://www.ncc.go.jp/jp/

テキサスM.D.Anderson Cancer Center 臨床検査部レポート−その3−

 米国の医学教育は、基本的には4年間の大学の学士課程の修了者(学士号取得者)、最低でも4年間のうち3年を修了した者を対象に、大学院教育として4年間にわたって行なわれる。この医学部大学院に相当する医学校(Medical School)で臨床医学を修了した者がMD(Doctor of Medicine)を授与される。同様に医学校で基礎医学を修了した者にはPhD(Doctor of Philosophy)が授与される。日本では、6年間の医学部学士課程修了者(医学士)もMDと称されているが、博士号に相当する米国のMDとは異なる。また、MDとPhDの関係については、日本では、MD取得後に大学院を修了してPhDを取得するケースが多いが、これもMDとPhDが並列である米国のシステムとは異なっている。

 米国では、学士号取得者のみならず、他の分野で大学院教育を受けた後(修士または博士号取得後)医学校に進む学生も多く、当然、医学校入学時の年齢は高くなり(ほとんどが22歳以上)、基礎的知識とともに、目的意識も高くなる。医学校入学に際しては、医師を志望する動機等に関する小論文、大学の成績証明書、大学教官の推薦状、全国共通試験MCAT(Medical College Admission Test)、面接等による選考が行なわれる。入学選考委員会(教官と医学部学生で構成される)による書類選考(小論文と推薦状が特に重視される)の後、選考委員(教官および学生)の面接を経て合格者が数名ずつ決定されていく。選抜にあたっては、日本のように一斉テストという形はとらない。すでに学士課程を修了した優秀な学生が対象となる選考であるが故に、ここでは、学力、知識とともに、あるいはそれ以上に適性や人間性を重視した選考が行なわれるといわれる。

 医学校のカリキュラムは、前期2年間が講義を中心とした基礎・臨床医学、後期2年間が臨床医学(主に実習)にあてられる。後期2年間の卒前臨床研修によって、医学校卒業時点ですでに臨床の基礎を習得するシステムになっている。卒前臨床研修では、医学生は、実際に病棟に入り、医療チームの一員として(主に研修医のアシスタントとして)患者の診察、治療、当直に実際に参加する。この4年間の医学校の課程を修了しMDを取得するが、卒業後は、研修医として教育病院で卒後臨床研修を受けることになる。研修期間は、診療科によって異なる(内科・小児科3年、産婦人科4年、外科5年)。臨床病理は病理科の研修プログラムに含まれており、病理科の研修期間は4〜5年間となっている。

 米国の医師免許は、日本のように医学部課程終了後に国家試験に合格すれば取得できるというものではなく、教育病院で臨床研修医として働く際には、医師免許は必要としない。各州が独自に医師免許を発行しており、州によって多少の差はあるが、概ね2年程度の卒後臨床研修の後、USMLE(United States Medical Licensing Examination)に合格することを条件としている。これらの条件を満たした時期に各々が免許を申請、取得することになる。卒後臨床研修を終えた後、開業する道を選ばず、専門医を目指す者には、フェローシップ研修(1〜2年)が提供される。卒後研修医、フェローシップ研修医のいずれにも給与が支給される(もちろん高給ではないが、アルバイトをしなくても十分生活できる程度の給与であるという)。

 以上が、米国の医学教育システムの概観である。以下、医学校の臨床医学課程における臨床病理に関連する教育カリキュラム、卒後研修、さらに臨床病理部門のフェローシップ研修について解説する。(教育カリキュラムおよび卒後研修については、Texas Medical Center 内にあるBaylor医科大学の病理学科プログラム、フェローシップ研修についてはMDACC臨床検査部のプログラムを参考にした。)

 米国では、臨床病理学は、病理学の一分野と位置付けられており、高度な専門性を獲得するためのフェローシップ研修以外は、すべて病理学科の教育プログラムの中に含まれている。医学校における病理学科の卒前教育の必修科目は、GeneralPathologyとPathology of the Organ Systems(病理学科、内科、薬学科の総合コース)の2科目で、選択科目として、Anatomical Pathology (AP), ClinicalPathology (CP), Cytopathology, Dermatopathology, Diseases of the Kidney, Immunohematology, Laboratory Hematology, Neuropathology Research, europathology Seminars, Pediatric Pathologyの計10科目がある。いずれも、講義、研究室実習、小グループ・カンファレンスを組み合わせたカリキュラムが組まれている。

 Baylor医科大学の病理学科の卒後研修期間は、5年間である。基本的な病理学の研修の後、サブスペシャリティ分野をローテートする。病理学科卒後研修の目的は、各研修医のそれぞれの目標にかなうよう個々にプログラムを組み、目標到達を支援することである。研修医は、APまたはCPまたはAP, CP両方の専門医資格の取得を目指して実技と研究(リサーチ)両面の研修を受ける。基本的な実技ローテーション・プログラムには、Diagnostic Molecular Biology, Flow Cytometry, Immunohistochmistryが含まれ、同時にリサーチプログラムへの積極的な参加が強く奨励されている。最終的に個々の研修医が目指すサブスペシャリティ分野の研修は、少なくとも1年以上にわたって行なわれる。 病理学科が提供しているサブスペシャリティ研修は、Dermato-, Hemato-, Neuro-, Cyto-, Nephro-, Gynecologic Pulmonary, Surgical, Molecular, Pediatric Pathology, Transfusion Medicineの10分野にわたる。 米国での専門医資格の取得は、かなり厳しく、各教育病院の卒後研修プログラムは、専門医試験の合格率によって評価される。そこで、病院側も研修医教育を定期的な臨床講義や症例検討会を含め、系統的かつ充実したものとするための努力を怠れない。

 卒後研修を終えた医師には、さらに希望に応じてより高い専門性を身につけるためのフェローシップ研修の機会が提供される。MDACC臨床検査部は、現在、Chemical PathologyとTransfusion Medicineの2分野についてフェローシップ・プログラムを提供している。近い将来にはClinical Microbiologyについてもフェローシップ・プログラムを開設する予定という。 同様に血液病理部は、Hematopathlogyフェローシップ、病理部は、Surgical PathologyとCytopathologyフェローシップ・プログラムを提供している。 プログラムはいずれもACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)の認定を受けており、研修期間は1〜2年。米国病理学会の指導に沿って、1年目は、各々の検査に必要な知識と実技を身につけるためのローテーション研修を中心に行ない、2年目は、研究(リサーチ)または臨床のいずれかのより専門性の高い研修プログラムを提供する。一例としてChemical PathologyFellowshipの具体的な内容を概説すると、同プログラムは、生化学検査室を機能的に管理できる専門臨床病理医を育成するためのプログラムで、プログラム目標は、必要な生化学検査項目および検査機器を選択し、検査を実施し、結果解釈を行なえる、検査室経営に必要な規則、経費分析、人材育成に関する知識を身につける、の2点。テキサス小児病院等のメディカルセンター内の他病院と提携して、特殊化学検査、一般生化学検査、尿検査、感染症スクリーニング検査、分子診断学、毒物学等の実習のローテーション研修を行なっている(MDACCの特徴として、腫瘍マーカー等の癌関連検査の研修を含む)。さらに、各科臨床医に対する検査の選択および結果解釈に関するコンサルテーション、レポートの作成、および研究(リサーチ)プロジェクトにも参画する。研修は全て、指導教官の監督下に行なわれ、1年目の研修で適格と判断された者に対して、本人の希望に応じて、研究、またはコンサルテーションに関するより専門的な研修プログラムが提供される。

 以上が、臨床検査専門医を育成する米国の医学教育システムの概略である。一人前の専門医になるためには、高校卒業後、最低で15年の密度の濃い教育と研修を受けることになる。臨床検査専門医も、医科大学を終了後、病理医としての基本知識と実技を身につけた上で、専門医としての訓練を受ける。しかし、これだけの長い道のりを選ぶ臨床医が果たしてどのくらいいるのか。トンプソン検査部長秘書によると、MDACC臨床検査部のフェローシップ研修は、臨床検査専門医としてのキャリアアップには有利であるにもかかわらず、現在のフェローシップ研修医数は、定員の約半数にあたる5名を数えるのみという。残念ながら、人気が高いプログラムとはいえない現状と感じた。これは、MDACC臨床検査部の問題というよりも、米国における臨床検査分野そのものの抱える問題を暗示しているようでもある。 次回は、この問題と関連していると思われる臨床検査分野の研究(リサーチ)について、報告したい。

参考資料
1. http://www.mdanderson.org
2. http://www.ncc.go.jp/jp/
3.吉岡宏晃 「アメリカ医学留学ガイド」 南江堂 19984.赤津晴子 「続アメリカの医学教育」 日本評論社 2000

テキサスM.D.Anderson Cancer Center 臨床検査部レポート−その4−

 今回は、M.D. Anderson Cancer Center(MDACC)の臨床検査分野の研究システムと今後の癌関連検査の方向性について報告し、MDACC検査部レポートの最終回としたい。

 今年7月に発表されたU.S.News誌のAmerican's Best Hosptalで、MDACCは、の癌治療部門の全米一位に返り咲いた。2002年の癌部門の見出しは、"Ongoing researchoffers hope to those with the rarest and toughest cases."であった。研究分野の充実がいかに重視されるかがわかる。研究業績が病院の評価に直結し、それは、とりもなおさず病院内での診療各科の評価に繋がっている。MDACCの検査部門もその例外ではなく、いかにして研究分野の業績をあげるかが重要な課題である。MDACCの臨床検査部は、病院収益に大きく貢献するリッチな部門である。しかし、研究分野では、検査医が、検査業務の傍ら、研究に専心する基礎研究室と互角の成果を挙げることが至難の技であることは、想像に難くない。

 前回以前に概説したように、MDACCのDivision of Pathology & Laboratory Medicine(病理・臨床検査部門)は、Department of Laboratory Medicine(臨床検査部)、Department of Hematopathology (血液病理部)、Department of Pathology (病理部)、Department of Molecular Pathology (分子病理部)の4組織からなる。このうち臨床検査部、血液病理部、病理部は、主として臨床検査業務に従事し、病院の稼ぎ頭となっている。(米国では、病院が検査価格を決める。患者は、それぞれの選択で民間の医療保険に加入しており、保険会社は保険契約の範囲内で医療費の支払いを履行する。病院は、患者に対して、事前に費用を含めた検査に関する説明と意思確認をした上で検査を行ない、費用は、保険会社または患者本人に請求する。請求額のうち回収できた金額から諸経費を差し引いたものが収益となる。MDACC検査部では、一般的な検査の他に、独自に開発したBCR-ABL蛋白(Philadelphia染色体陽性の慢性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病で検出される)検査(ウエスタンブロット法)や病理コンサルテーション等を外部の病院から有料で受注し、検査収益の一部としている。)

 臨床検査医は、臨床検査部内の各検査室(生化学検査室等、5検査室)にセクションチーフとして配置され、検査室の管理の他、臨床科に対する検査結果のコメント、コンサルタント業務を担当しているが、現在3名の検査医が研究室を持ち、臨床研究プロジェクトを展開している。独立した研究室を持つことは、研究業績を重視する米国の大学病院で働くMD, Ph.Dの大きな目標である。検査医を含む臨床医は、臨床業務の傍らで研究業績を挙げてNHI(National Institute of Health)をはじめとする政府・民間機関の研究費(グラント)を申請し、十分なグラントが得られれば、独立した研究室を構えることができる。MDACCでは、病院は、場所と基本設備(電気、水道等)を提供し、人件費の30%を補填するが、実験に必要な機器や消耗品、研究員や研究技術者の給与の70%は、獲得したグラントで賄わなくてはならない。研究室を維持するためには、潤沢な資金(グラント)に結びつく優れて先進的な研究を発表し続けなくてはならない。

 検査医の研究室では、業務に還元できるClinical Research(臨床研究)が行なわれている。例えば、生化学検査分野では、1.前立腺癌の早期診断に有用な新しい腫瘍マーカーの開発 2.卵巣癌、肺癌、乳癌マーカーの評価 3.化学療法剤の選択と有効性のモニター等の研究が進められている。しかしながら、このような臨床研究は、病理・臨床検査部門全体の研究のなかでは、ごく一部を占めるにすぎない。

 MDACCの病理・臨床検査部門の主要研究部門は、先にあげた4組織のうちの分子病理部に集約されている。分子病理部は、かつて病院の研究部門の直轄であった研究室と、臨床検査部を含む病理・臨床検査部門内に存在した、臨床業務には従事せず基礎研究に専念するPhDの研究室をあわせて数年前に組織された新しいセクションである。現在、13の研究室、106名の研究スタッフを抱える。分子病理部は、組織上は、病理・臨床検査部門の研究室でありながら、実際の研究内容は、検査とは関係のない遺伝子関連の基礎研究が主体となっている。研究分野の充実を標榜する病院の戦略として、リッチでありながら研究には脆弱な検査部門に、こういうセクションを組織せざるを得なかったということであるのかもしれない。しかし、癌の診断、治療に直結する検査分野の研究は、基礎研究としてではなく、臨床研究として知見をつみあげていく性格のものであろう。

 以下、番外編として、今年5月にヒューストンで開かれたCLAS(Clinical Ligand Assay Society)総会2002の演題の中の4題の概要を報告したい。それぞれが、共通してこれからの癌疾患関連臨床検査の方向性を暗示する内容であった。

 1. Overview of the Cancer Problem Gordon B. Mills, M.D., Ph.D., Chairman and Professor, Molecular Therapeutics, University of Texas, M.D.Anderson Cancer Center, Houston. TX

癌治癒率は、1953年の30%から2002年には60%を上回るまで向上した。これは、早期診断、生活スタイルの変化、予防、治療の改善によるところが大きい。癌は、同一のフェノタイプであっても複数の(異なる)遺伝子の変化の結果として発生する。癌は、遺伝子の疾患である。今後の臨床検査は、1. 危険因子の評価、予後の予測、2. 早期診断、3. 分子治療に貢献するものでなくてはならない。   具体的には、1. 危険因子の評価、予後の予測=総合的かつバイアスのないアプローチ、例えば、マイクロアレイを用いて早期癌患者の遺伝子の安定性をみたコホートスタディでは、遺伝子発現の安定性が保たれている患者の予後は、不安定な患者の予後よりも有意に良好であった。特に8q染色体獲得患者の予後は不良であった。   2. 早期診断=新たな腫瘍マーカーの開発。癌は、複雑な環境を自ら作り出して存在するものであり、腫瘍マーカーは、腫瘍そのものに限る必要はない。つまり、腫瘍がもたらす環境の変化を検出し、癌の存在を予測することもできる。   3. 分子治療への貢献=APL,CMLですでに開始されている。臨床検査は、遺伝子疾患としての癌の治療の個別化に貢献するものでなくてはならない。

 2. Urinary Bladder Cander MarkersH. Barton Grossman, M.D., Professor, Department of Urology, University of Texas, M.D.Anderson Cancer Center, Houston. TX

膀胱癌は、5番目に多い悪性腫瘍であるが、死亡率は低い。喫煙がリスク因子になること、多発性であること、局所再発が多いことが知られている。診断は病理診断によって行なわれる。膀胱癌の臨床検査は、患者別の有効な治療法の振り分け、治療への反応の予測に有用性を発揮するものでなくてはならない。高分化癌と低分化癌を見分ける細胞診に加えて、多くの検査指標が提案されている(BTA stat, AccuDX;fibrin/fibrinogen degradation products, NMp22;p22 test, DD23, survivin,telomerase, FISH等)が、現在は特にFISH(3番、7番、17番、9番p21)の有用性が注目されている。FISH法は、sensitivity, specificityがともに細胞診と同程度で、予後予測については、非常に有効であることが報告されている。これらの検査は、いずれもスクリーニング検査として使われるべきものではない。膀胱癌に関して、診断は、病理によって確定されても、次の段階として治療、予後診断に貢献できる検査(=個別化に有用な検査)が求められているのである。

 3. Methylated DNA as Cancer Markers Susan Cottrell, Ph.D., Staff Scientiset, Epigenomics, Inc., Seattle, WA

血漿、血清中で検出されるfree DNAのメチレーション状態を早期診断の腫瘍マーカーとして用いる(骨髄、喀痰、便、尿等も検体として使用可能)。例として、大腸癌患者の血漿を用いて血漿中に検出されるfree DNAのカルシトニン遺伝子のメチレーション状態を検討したところ、大腸癌患者の50-60%でカルシトニン遺伝子のメチレーションの有意な上昇を認めた(sensitivity 45%)。末梢血液、血漿、血清中のfree DNAレベルは癌患者で有意に高く、DNAメチレーションは、Real Time PCR (TaqMan PCR)によって簡便に検出可能となった(Heavy Methyl Methylight法 等)ことから、早期診断マーカーとしての実用化の可能性は高いと考えられる。(DNAメチレーションは、現在、ヒストンのアセチレーション等とも関連してエピジェネティックに発癌に関与する因子として注目されている。検査対象とする標的遺伝子が適切であれば、今後、早期診断マーカーとしての有用性もあるだろうと感じた。また、白血病ではすでに治療に応用されているが、メチレーション阻害因子を従来の化学療法剤と組み合わせて分子治療薬として用いる試みもなされており、特定遺伝子のDNAメチレーションの状態を患者別の治療個別化に用いることも有用であろうと思われた。)

 4. HER-2/neu in the Management of Breast Cancer Morton K. Schwartz, Ph.D., Chairman of the Department of Clinical Laboratories, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY

乳癌マーカーとしては、CA15-3, CEAの有用性が確立しているが、さらに検査精度を上昇させ得るマーカーとして、HER-2/neu(protooncogene encodes cell surfacereceptor protain p185)が注目されている現在、BayerからBayer Immuno 1システムを用いた血清HER-2/neuイムノアッセイが発売されているが、今後、さらにADVIA等の汎用器での測定が可能になるという。HER-2/neuは特にfollow up中の再発の指標として優れており、スクリーニング検査や診断には不適切だが、治療法の選択や治療中、follow up中のモニタリングに適切なマーカーとしてCA15-3, CEAとの併用の有効性が認められる。

 以上、キーワードは、「個別化;individualization」であった。同一の診断名であってもその原因である遺伝子の変化は、個々に異なる。今後の検査は、治療や予後予測に結びつく遺伝子そのもの、または転写後に産生される蛋白を検出することによって治療の個別化に結び付けていくことが求められるということなのだと思う。ある演者は、質問に答えて、こういったニーズにこたえられる検査は、疾患によって異なるだろうが、はやいもので、あと1-5年、遅くても10-20年先には、十分実現しているだろうとの予測を示していた。この治療の個別化へ向けての検査は、経済的に恵まれ、自由裁量の幅の大きい限られた施設の検査部で、臨床研究としてトライアルが重ねられている段階である。検査室の一般的な検査として普及していくには、まだ時間が必要であろうが、この流れは、確実に進んでいるのだ、との思いを深くした。

参考資料
1. http://www.mdanderson.org

テキサスM.D.Anderson Cancer Center 臨床検査部レポート−その5−

アメリカ医学留学あれこれ

 今回は、アメリカ医学留学のノウハウについて、レポートします。私自身は、現在、テキサス医療センターの中にあるM.D.Anderson Cancer Center骨髄移植部の分子血液学・治療科のポスドク・フェローになって二年弱が過ぎたところです。臨床検査医学の先生方がアメリカに医学留学を希望された際に、少しでも実際に役に立つ情報を提供できれば幸いです。

 アメリカ医学留学には、大きく分けて二つのコースがある。1つは、日本で博士号を取得した後、1〜3年間、一般的にはpostdoctoral fellow(ポスドク)としてリサーチ目的で研究室に留学するコース。2つめは、ECFMG(Educational Council for Foreign Medical Graduates)のCertificationを取得してclinical fellowとして臨床研修を目的に留学するコースである。一般的に日本人医師の留学のほとんどは、前者である。後者は、特に1998年以降、従来の筆記試験の他にClinical Skills Assessment(臨床実習試験)が課されるようになってから、難易度が急上昇し、日本人のclinical fellowは、ほとんどみられなくなった。ちなみに、現在、テキサス医療センター内の医科大学や病院に留学中の日本人医師数は、約200人を数えるが、clinical fellowとして留学しているのは、私が聞いた限りでは、1人だけである。 以下、リサーチを目的にポスドクフェローとして留学する場合を中心に述べたい。

 留学先を決めるにあたっては、
1.日本で所属する医局、研究室からの派遣留学 と
2.自分で留学先を捜す自主留学 がある。

 前者の場合は、一般的に休職扱いで日本からの給与を受けながらの留学という形になる。研究テーマも事前にほぼ決まっている場合が多い。生活面を含めて安心して留学できるというメリットが大きい反面、留学した後で、「やりたい研究ができない。」という不満が残る場合があるのも事実のようである。

 これに対して、希望する研究テーマにあった研究室を自分で捜すことも可能である。研究室にコネクションがない場合でも、研究テーマや目的がはっきりしていれば、所属している病院や大学の上司、先輩に相談し、個人的に紹介してもらえる可能性がある。現在、臨床検査部で仕事をされている先生ならば、研究テーマに近い分野の臨床科の先生に相談することも有益だと思う。また、国際学会等での招聘講演者にアプローチするとか、専門誌の求人欄から見つけるとか、自分が学びたい分野の論文から目星をつける等々の方法もある。自分の希望に合った研究室が見つかったなら、出来れば、個人的にその研究室のボスや研究室のチーフスタッフ(多くはResearch Assistant Professor)を知っている人から、ボスや研究室の雰囲気、また研究室がアクティブかどうかなどを確認しておきたい。

 具体的なアプライの方法は、間に立ってくれる人がいる場合には、その指示に従えば良いし、自分で全てを行なう場合には、自分の希望(研究テーマ、留学期間等)を書き添えた英文履歴書(CV)と、主な論文の別冊を留学希望先のchairman宛てに郵送する。(CVの他、教授からの推薦状、医師免許証、医学部卒業証明書、学位取得証明書等(いずれも英文)が、手続きを進めていく上でいずれ必要になる。)

 自分で研究室を見つけアプローチをする場合、給料については、折りをみて、率直に希望を伝える必要がある。先方が、CVをみて給料を払っても雇いたいと思うならば、「有給を希望する」と伝えれば、NIH(National Institutes of Health)の給与体系に照らして相応の給与を支給してくれるはずである。(額は、研究室の経済事情や能力の評価によって上下するが、一般的には、単身者ならば贅沢をしなければ生活できる程度の給与と考えればよい。但し、生活の立ち上げから引越し費用等々を考えると、かなりの持ち出しは覚悟したほうが良いと思う。)「有給でも無給でも良い」という言いかたをすると、大方の場合、「給料はいらない」というふうに受け取られる。但し、ポスドクの給料は、先方のボスのグラントから支給されているので、その時点での研究室の経済状況にもよって、そう簡単には、有給の条件をのんでくれない、という場合も多い。有給ではだめだけれども、無給ならばOKということがままある。実際、私の周りでも、医局からの派遣留学のポスドクの多くは、日本からの給与で生活をしているが、自分で研究室を捜したポスドクの場合は、企業の奨学金や研究グラントを持参できるといった恵まれた人以外は、1年目は無給、2年目以降は業績に応じて有給、というのが大半である。

 また、もし可能ならば、最終的な決定の前に、1度実際に研究室を下見したり、ボスになる人と面接をしておくことが望ましい。その際、その研究室をよく知る現地の日本人ポスドク(幸運ならば希望する研究室に日本人ポスドクがいるかもしれない)からの話は、研究室の状況についてのなによりも得がたい情報となることは間違いない。

 仕事時間は、タイムカードもなく、基本的に好きな時間に来て好きな時間に帰宅する、というフレキシブルシステムである。一応1日8時間、週休2日と決まっているが、実験が終わらなければ、徹夜する人もおり、休日出勤する人もいる。しかし、朝9時に出勤して、1時間の昼休みをとり、夕方5時に帰宅しても、研究成果さえしっかり出していれば誰からも文句はいわれない、というのが一般的である。有給休暇は、施設によって多少の差があるが、皆、夏休み(1〜2週間)の他、クリスマス休み、感謝祭、復活祭、等々休暇は、しっかりとっている。

 大半の日本人ポスドクの留学期間は2年弱である。この短期間の間に本人も研究室も満足できる研究を行なうためには、実験そのものに関する技術や知識をある程度身につけていることが求められる。その点で、臨床検査の現場で働いておられる先生方は、どの分野でも有利だと思う。基礎実験のノウハウを全く持たず、臨床科からいきなり派遣された先生方の中には、実際に実験にとりかかるまでの準備に留学期間の大半を費やすということがままあるようだった。

 最後に、臨床研修を目的に留学する場合の試験システムに関して以下概略する。外国人医師をアメリカの医療施設に受け入れるための機関であるECFMG(Educational Council for Foreign Medical Graduates)のCertificationを取得するためには、4段階の試験に合格しなくてはならない。第1段階がTOEFL、第2、3段階がUSMLE(unitedStates Medical Licensing Examination)のstep1とstep2、第4段階がClinical Skills Assessment(臨床実習試験)である。USMLEを受験するにあたっては、事前にTOEFLの合格ラインに達しておく必要がある。USLME step1は基礎医学系、step2は臨床医学系の試験で、日本国内で3、4ヶ月ごとに受験できる。Clinical Skills Assessment(臨床実習試験)は、実際の患者さんを前にして診断までのプロセスをみる試験で、日本人を含む外国人にとって最も難しいといわれている

 以上、非常に簡単にですが、出来る限り一般化して、レポートしたつもりですが、実際に見聞きしている限られた情報が主体となった点をご了承頂きたいと思います。また、さらに詳しい情報が知りたい場合は、下記の参考資料が役に立つと思います。

 付記:現在、私が所属していますThe University of Texas M.D.Anderson CancerCenterのDivision of Cancer Medicineの中にあるDepartment of Blood and MarrowTransplantation, Section of Molecular Hematology and Therapy (Professor; Michael Andreeff, MD, PhD)の研究室がポスドクを募集しております。骨髄性白血病を中心に白血病の発症とapoptosisに関連するシグナル伝達機構を解明し、治療に結び付けようとする研究が中心です。2年間働いてみて、非常に恵まれた研究室であると実感しています。関心がおありの先生は、tabeyoko@aol.com宛てにお問い合わせ頂ければ幸いです。

参考資料
1. 吉岡宏晃 「アメリカ医学留学ガイド」 南江堂 1998
2. 岩崎幹季 「医師・研究者のためのアメリカ留学完全ガイド」 羊土社 1997
3. 東原和成 「さあ、アメリカ留学」 羊土社 1997