■ レジデント研修日記

群馬大学医学部臨床検査医学  玉真 健一


【レジデント研修日記−No. 1】2002.10

 2002 年7 月より米国ペンシルバニア州のピッツバーグ大学にて臨床病理(臨床検査)のレジデント研修(path. upmc. edu)を開始した玉真健一(たままけんいち)と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 第一回目のレジデント研修日記はレジデント研修への応募過程、そしてここピッツバーグにて研修を開始することになったいきさつについて書かせていただきます。

 アメリカで臨床研修をするにはECFMG(Educational Committee for Foreign Medical Graduate) certificate という資格が必要になります。これを取得するには日本の医学校卒業と医師免許に加え、以下の試験に合格する必要があります。

 USMLE(United States Medical License Examination) step 1
 USMLE(United States Medical License Examination) step 2
 CSA(Clinical Skills Assessment)
 English Language Proficiency Test(TOEFL)

 USMLE Step 1 は基礎医学、Step 2 は臨床医学の試験になります。これらはいずれも現在はコンピュータによる丸一日を使う試験で、ともに日本での受験も可能です。英語テストとしてはTOEFL が用いられています。さらにCSA が現在は必要になりますが、おそらくこれが日本人受験者にとっては一番やっかいではないでしょうか。これはいわゆるOSCE ですが、Philadelphia でしか受験できないそうです。私はこれが導入される前にこのECFMG certificate を取得したのでその実態はよくわかりません。詳細はECFMG web site(www.ecfmg. org)を参照にしてください。

 晴れてECFMG certificate を取得した後、いよいよ各プログラムに応募することになります。現在応募は全てインターネットを用いてなされるようになりました。ERAS (Electronic Residency Application System)(www. ecfmg. org/eras/index.html)に登録し、ここを通じて自分のCV, Personal Statement, 推薦状などを自分の希望するプログラムに送付することになります。そしてこの時点で応募者はNRMP(National Residency Matching Program)(www.nrmp.org) に参加することになります。これはいわゆる「お見合い」でして、プログラムそして応募者ともに第一希望から順にリストを作成し、コンピュータを通してその組み合わせを決めるというものです。

 アメリカの臨床病理(Clinical Pathology またはCP)の研修はほとんど解剖病理(Anatomic Pathology またはAP)を組み合わせた4 年間のプログラムがほとんどで、レジデントもAP/CP と一緒に募集されます。応募はアメリカ国内のみならず世界中からあり、競争率はプログラムによっても違いますが、大体100 倍程度だそうです(もっとも皆が併願していますので実質競争率はもっと低いはずですが)。

 まず書類選考をしたのち、各プログラムが応募者をインタビューに呼ぶことになります。この時点で競争率は数倍にまで絞られます。私の場合も21 のプログラムに応募し、8 つのプログラムのインタビューに呼ばれ、そのうち6 プログラムを実際に見て回りました。昨年11〜12 月にかけて全米中を旅して周りましたが、同時多発テロの直後ということもあって、飛行機に乗るのが大変苦痛でした。どのプログラムも大体丸一日かけて5〜8 人のfaculty と一対一の面接をこなし、さらにレジデントと自由に話す機会を与えられます。

 面接を終えた後、いよいよ自分の行きたいプログラムを決めることになります。実は私の場合、幸運にもいくつかのプログラムからNRMP を通さずに個別に契約を結びたい、という申し出をもらうことができました。その中で一番有利な条件を提示してもらったU Pittsburgh と契約することができました。ピッツバーグ大のプログラムディレクターのProfessor Jeffrey Kant、さらにClinical Pathology 部門の最高責任者のProfessor Allan Wells はともに大の日本びいきでして、それも有利に働いたのかもしれません。その後6 月にPittsburgh に渡米し、現在に至っております。

 次回からはアメリカの臨床病理(Clinical Pathology or CP)プログラムについて書かせていただきます。


【レジデント研修日記−No. 2】2002.12

 アメリカの臨床病理(Clinical Pathology またはCP)の研修は解剖病理(Anatomic Pathology またはAP)を組み合わせた4年間のプログラムがほとんどです。AP だけ、またはCP だけを3 年間で研修することも可能ですが、それでは研修後の就職に不利なため、アメリカの病理レジデントの9 割はAP/CP、7%がAP のみ、そして残りの極小数がCP だけの研修だそうです。CP-only program を設けているのは一部のアカデミックプログラムのみ、しかもそれらのところすら採用も数年に一回のところが多いです。残念ながらCP 研修で強いところはあまりありません。CP で特に有名なのはMGH、Washington U(St. Louis)、U Penn、UCSF、Yale、U Alabamaなどでしょうか。ここU Pittsburgh もCP program に最近かなり力をいれています。

 CP-only に応募する人は研究志向の人が非常に多く、そしてその多くはMD-PhD です。CP だけの研修では就職口もアカデミックに限られてしまいますし、研修終了後、多くは大学病院のlaboratory director かphysician scientist の道を歩むことになります。Community hospital のlaboratory directorはAP/CP の研修を終了した人がAP と兼任する形がほとんどです。

 CP-only の場合、その研修は全部で3 年間になります。そのうちいわゆるCP training であるcore curriculum は1 年、そして1 年をCP elective(選択科目)、そして残りの1 年をリサーチで過ごすのが一般的です。そしてcore curriculum でさえ、hematopathology やtransfusion medicine のローテーションを除いてそんなに忙しいというわけではありません。他科のレジデントから見ると夢のような研修生活ですが、だからこそ多くのCP-only resident はCP 研修をおろそかにすることなく1 年目から空いた時間に研究を開始し、またそれこそプログラム側からも期待されています。

  CP 研修はChemistry、Microbiology、Transfusion medicine、Hematopathology と大きく4 つのブロックに分けられます。しかしここU Pittsburgh ではこれらに加えてInformatics とMolecular Pathology & Cytogenetics にも力を入れられています。CP rotation の中で、この2 つをきちっと取り入れているのはおそらくここU Pittsburgh だけではないでしょうか。 次回からは研修そのものについて書かせていただきます。


【レジデント研修日記−No. 3】2003.2

 アメリカの病理学のsubspecialty の中で医療情報学Medical Informatics が最近注目を集めています。そしてここUniversity of Pittsburgh は約10 年ほど前に、全米で先駆けてCenter for Pathology and Oncology Informatics を設置しました。

 Medical Informatics について簡単にいうと、患者一人一人の全ての情報を網羅するシステムおよびデータ交換システムの構築、と定義できます。そして全ての情報というのは、氏名、年齢、保険の種類、などの事務情報、検査室での全ての検査データ、病理切片の画像を含めた全ての解剖病理データ、そして入院外来カルテに含まれる日々の診療記録などが含まれます。

 Center for Pathology and Oncology Informatics では
1 : 検査を含めた病理学全体の臨床データシステムの管理、構築およびその研究、
2 : Telepathology というNet work を利用した遠隔地での病理組織診断およびimaging についての管理、構築、およびその研究、
3 : Tissue microarray を用いた病理研究、
4 : Pathology Informatics の教育、などに従事しています。

 ここUniversity of Pittsburgh の病理レジデンシーではAP、CP に関わらず3 週間の集中コースを受講し、更に試験に合格することが義務付けられています。この集中コースの中ではこういったInformatics への理解を深めるべく、パソコンの構造と機能、コンピュータ言語、コンピュータファイルの種類とその特徴、インターネットとそのプロトコール、情報工学、人工頭脳、イメージングテクノロジー、データベース管理、Telepathology などについて集中的に講義と実習を受けます。「果たしてこんなの医学なのだろうか?? 」と疑問を抱くレジデントもおり、このコースに関しては批判もあります。しかしPathology Informatics のレジデント教育にここまで力を入れているのは全米でもここだけでして、Informatics 教育の今後のあり方を示す一つのモデルとしてとらえられています。そして高度情報化社会にあって、Informatics の分野は今後ますますの発展が期待されています。

 謝辞 今回この原稿を準備するにあたってTelepathologyの第一人者である八木由香子先生(Director of Telepathology、University of Pittsburgh Medical Center Health System)にご協力していただきました。この場を借りて深く御礼申し上げます。


【レジデント研修日記−No. 4】2003.4

 Clinical Chemistry の朝は8 : 30 からのラウンドで始まります。Clinical Chemistry をローテートしているChemistry LabDirector のProf. Virji, Toxicology Lab Director のProf. Rao, そして各部門のlead technologists を交えて、Toxicology, Automation lab, Endocrinology lab, special lab などを周り、ラボの特別事項、異常検査値、Quality Assessment & Control、夜間の緊急検査の妥当性などについてdiscussion していきます。検査値の異常値についてレジデントはそのケースについて病歴などを調べ、果たしてその異常検査値について医学的に妥当であるかを判定することが要求されるため、常に数人の患者さんをフォローすることになります。

 またtechnologists の教育もレジデントの大切な職務であり、週一のChemistry Conference ではあるトピックについて20 分程度の講義を担当させられます。私もThromboelastography (TEG), Evolving MI, Multiple Endocrine Deficiency, TCA overdose などについて講義させられました。プレゼンテーションについて学ぶいい機会でもありますが、同時に英語のつたなさ、プレゼンテーションの未熟さを痛感させられる大変苦痛なひと時でもありました。また病棟からの検査に関する質問でtechnologists が対処しきれないときにはレジデントに質問が回されます。またon-call の時には夜間の緊急検査の依頼について果たしてその検査を緊急で行うことの妥当性について判断するのもレジデントの役目です。またローテーションを通じて各種検査の原理やその異常値のでるメカニズム、Quality Assuarance/Quality Control(QA/QC)などについても学びます。

 Clinical Chemistry はその多くがautomation 化されており、実際に検査医が診断を下すことはほとんどありません。しかし検査そのもののQA/QC や臨床との関連性の追求、そして異常値に対する医学的判断など検査医の業務は幅広く、臨床と検査のliason として機能することが求められており、レジデント研修もそれを念頭において行われています。


【レジデント研修日記−No. 5】2003.6

 微生物学のローテーションは午前中の実習、午後の感染症のラウンド参加という日程を取ります。微生物学の教官、そして技師から培地の選択、菌の培養と同定、菌のグラム染色、薬剤耐性菌の同定法など細かく学ぶことができます。また真菌学、ウイルス学などもこのローテーションには含まれており、それぞれ実習を通してくまなく学びます。更に感染症の分子診断もそのカリキュラムには含まれます。検査室での業務に加え、診断と治療という臨床面についても感染症指導医および感染症フェロー、内科レジデントとのラウンドで学んでいきます。ピッツバーグ大学病院(UPMC Presbyterian, Children's Hospital of Pittsburgh)では年間約500 例の臓器移植(心、肺、小腸、肝、膵、腎)が行われるそうですが、そうした患者層を反映して、臓器移植後で免疫不全に続発する様々な日和見感染症が非常に多いのもここの特徴です。

 免疫学のローテーションでは基礎免疫学および各種検査の免疫学的原理に加え、血清蛋白質の電気泳動、自己抗体の診断、更にHLA typing について学びます。私も自らのHLAtyping を実習の一環として行いました。豊富な移植症例数を反映し、ここのHLA laboratory は大変忙しいラボの一つです。

 これらはCP ローテーションの中でも比較的時間に余裕のある、ゆっくりとしたローテーションで、レジデントの多くはローテーションに加えて研究活動にも打ち込んでいます。


【レジデント研修日記−No. 6】2003.8

 輸血のローテーションはCP ローテーションの中では最も忙しく、そして臨床に密接に結びつきのあるものです。移植患者を含めて重症患者の多いUPMC(University of Pittsburgh Medical Center)において年間40,000 units の赤血球輸血、そしては年間40,000 units の血小板輸血がなされており、非常に忙しい部門です。

 レジデントはその2 ヶ月に渡るローテーションの中で、血液製剤およびその選択、輸血反応およびその検査、各種血液交換とその適応、凝固検査、凝固異常などについて叩き込まれることになります。

 輸血部レジデントの朝はまず前日からの輸血反応について調べ、指導医との回診に備えます。そして回診では実際に病棟に足を運び、輸血のコンサルタントとして機能します。病棟などに電話をし、輸血反応に関する情報を集めるのもレジデントの仕事です。また病棟などからの質問についてもレジデントがまず対応することになります。また指導医から輸血全般に渡ってほぼ毎日講義もあり、輸血全般について学ぶことができます。血液交換についてはここUPMC ではレジデントが直接オーダーを書いたりはしませんが(そういうプログラムもあります)、ローテーションの中で血液交換ナースの下で数日間学びます。またピッツバーグ近郊の血液製剤、輸血などを一手に引き受けるInstitute for Transfusion Medicine http://www.itxm.org/default.htm にて献血から血液製剤に至るまでのプロセスも細かく学ぶことになります。

 Rh negative の人が人口の15%を占めること、更にここUPMC では臓器移植後の患者が非常に多いことなどから高力価の不規則抗体を複数もつ患者が非常に多いのが特徴でしょうか。またRh negative 妊婦の場合、新生児溶血も大きな問題であり、Rho(D) Ig の投与適応とそのスケジュールについても学びます。

 またLupus anticoagulant(LAC)を中心に凝固異常についての検査と診断についても毎日血液内科の凝固専門医とsign out していきます。Sign out とは指導医がレジデント、フェローを教えつつ検査の最終レポートを作成していくことですが、病理レジデント教育の(特にAP サイドでは)中心的なものです。Sign out の中でレジデント、フェローは日々指導医の質問攻めにされ、基礎から叩き込まれていきます。

 輸血部のローテーションは確かに非常に忙しい部門ですが、それだけに学ぶことも多く、多くのレジデントが高く評価しています。Private practice に行くAPCP resident はAP 業務を日々こなす中、輸血についても扱うことになります。


【レジデント研修日記−No. 7】2003.10

 血液学または血液病理のローテーションも大変忙しいものです。成人骨髄、小児骨髄、リンパ節、各種血液検査(フローサイトメトリー、凝固、ヘモグロビン電気泳動など)に大別できますが、APCP レジデントはそれら全てを、straight CP レジデントはリンパ節以外の全てを回ることになります。まずレジデントは自習用スライドなどで正常組織、異常組織について学びます。また毎日提出される患者さんの骨髄像(一人につき10−20 枚)について、末梢血液スメア、骨髄スメア(ギムサ、PAS、各種免疫染色)、骨髄組織(HE、各種免疫染色)、フローサイト所見などを前もって調べ、指導医とのサインアウトに備えます。骨髄所見についてディクテーションしておくのもレジデントの仕事です。

 ディクテーションとは電話などを通してレポートを口頭で録音することで、それらはすぐにタイピストの手によってレポートされます。血液病理、そして解剖病理では診断レポートの作成は全てこのディクテーションによってなされますが、これによって患者一人当たり最低数枚におよぶ診断レポートを医師が自ら打ち込むことなく、比較的短時間で作成することができます。始めはなかなか要領を得ないため時間もかかり非常に苦痛なものですが、慣れてくると自らキーボードに打ち込むよりも遥かに短時間でレポートを作成できます。

 サインアウトでは指導医とマルチヘッド顕微鏡で標本を1枚1 枚レビューし、指導医の説明を受けていきます。その説明を受けてさらにレジデントはそれぞれの患者について詳細なレポートをディクテーションし、それらは指導医が最終チェックをした後に各々の臨床医の手に渡ります。

 またフローサイトはほぼ全症例に対し施行されますが、分子病理所見と共に現在のWHO 分類に基づく診断にはなくてはならないものになっています。その他にもヘモグロビン電気泳動、血算自動計測器、などもこのローテーションの中で学びます。

 レジデントは毎週血液病理カンファランスで2−3 症例を発表することが義務図けられています。その他にもジャーナルクラブ、Tumor board、などでの発表もあり、この大変忙しいローテーションの中、系統的に血液病理学を学ぶことのできるようになっています。


【レジデント研修日記−No. 8】2003.12

 分子病理は2 週間の細胞遺伝学cytogenetics と6 週間の分子診断Molecular Diagnostics から成り立っています。

 Cytogenetics では染色体診断について、conventional cytogeneticsに加え、FISH(Fluorescence in-situ hybridization)、Comparative genomic hybridization(CGH)法などについて集中的に学ぶことになります。Cytogenetics は先天性疾患に加え、白血病、リンパ腫など血液系悪性腫瘍のWHO 分類そして診断に欠かせないものです。自ら染色体の標本を作り、RG-バンド染色体標本を読んでいくのはさすがに2 週間のローテーションでは無理ですが、レジデントはそのローテーションの中、細胞遺伝学そのものそして臨床との関連について細かく学んでいくことになります。

 Molecular Diagnostics では分子診断全般について学びます。分子診断が用いられているのは現在のところ、腫瘍、感染症、遺伝病になりますが、将来のテーラーメイド医療時代には医療情報学の発展を伴いこの分子診断の分野も大きく様変わりするかもしれません。レジデントの業務・学習としては分子診断の原理と分子生物学の習得、テスト結果についての解釈と最終レポート作際、そして臨床サイドへのコンサルテーションなどがあります。先に述べたようにCytogenetics 及びMolecular Diagnostics は血液病理と密接に関わり、染色体診断、分子診断所見が最終診断の決め手となることも少なくありません。そのため血液病理のカンファランス出席も義務付けられています。

 分子病理がCP core curriculum の中で2 ヶ月もなされるのは全米でも数少なく、ここピッツバーグ大学のレジデントプログラムは分子病理に強いことでもよく知られています。


【レジデント研修日記−No. 9】2004.2

 1996 年に制定されて昨年4 月より施行された医療保険の積算と責任に関する法律The Health Insurance Portability and Accountability Act(HIPAA) of 1996 はレジデント研修のみならずアメリカの医療現場に大きな影響を及ぼしました。

 HIPPA はInsurance portability、Administrative simplification、Privacy and security の3 つの柱からなります。この中で我々に最も深刻な影響をもたらしているのが3 番目のprivacy and securityで、患者に関する全ての医療情報とプライバシーについて厳しいセキュリティが全ての医療関係機関に求められます。

 カルテに記載されているレコードはすべてprotected health information(PHI)と呼ばれ、診療行為に直接従事しない第三者からのアクセスが厳しく制限されるようになりました。我々レジデントはコンピュータ上でUPMC の患者レコードMARS(Medical Archival System)にアクセスできますが、そのアクセスログは逐一プログラムディレクターに送られています。そしてもし自らの業務上無関係なレコードにアクセスした場合、厳重に処罰されることになります。特に問題になるのが職場関係者(同僚、上司など)のレコードにアクセスする場合でして、その結果レジデントプログラムを解雇されたものも以前にはいたそうです。

 患者サイドとしては自らのプライバシーが最大限に保護されるこのHIPPA 法は素晴らしいものだと言えますが、一方で医療従事者サイドにはその弊害すら現われています。これは私自身が経験したことですが、検査の異常値について患者の既往歴、現病歴などを検査部レジデントとしてクリニックに問い合わせた際も、私がその患者の診療において第三者だ、という理不尽な理由で一切答えてもらえませんでした(もちろんこれは間違いであり、検査部は常に正確かつ信頼のおける検査値を提供することが求められており、患者の既往歴、現病歴などは検査のQC/QA 管理に不可欠です。検査医は検査サイドから患者の診療に関わっており、決して第三者ではありません)。また我々が病院のドクターからさる患者の検査結果について問い合わせが来たときも、その検査をオーダーしたドクターではないのでHIPPA 上答えられない、と言って事務はその問い合わせへの返答を拒否しようとしました。これらはいずれもHIPPA 導入当初に、HIPPA 法、そしてそれに対する病院内部のガイドラインを熟知していない人により引き起こされたものですが、HIPPA 法による典型的な医療現場の弊害だと思います。

 また病院にある過去のカルテを調べるといった行為すら、そこに関わる全ての患者からインフォームドコンセントを前もって取らない限り、一切できなくなりました。ただ、患者を特定できる情報identifier を切り離した診療記録データーベースcompletely de-identified information なら使うことができますし、またそんなde-identifier の構築もpathology informatics の分野です。

 更に、PHI を研究に利用する場合も、各々の患者から、使用するデータ、その目的、研究者氏名、同意の有効期限、同意の撤回についてなど、その同意書authorization に平易な用語で記載すること、そしてその同意書のコピーを患者に渡すこと、などHIPPA は細かく規定しています。

 病院で働く全ての医療従事者はHIPPA についてウェブ上で自習し、そのコースを終了する必要があります。そのコースは http://rpf.health.pitt.edu/rpf/index.cfm.です。


【レジデント研修日記−No.10】2004.4

 CP レジデントにとって月曜正午のCurrent Topic of Laboratory Medicine(CTLM)、火曜日朝のCP didactic lecture、そして金曜午後のCP chief's conference 出席は義務付けられております。

 CP chief's conference はチーフレジデント(いわゆる医局長?に相当し、成績優秀なシニアレジデントが指名される)を中心になって、その一週間のon-call のレビュー、各ローテーションのレジデントが簡単なトピックを10〜20 分くらいのプレゼンテーション、まれに専門医試験の問題演習など、レジデントが自主的に行うカンファランスです。

 CP didactic lecture は教授、准教授などの指導医attending doctors がCP 専門医試験を踏まえて1 時間の講義をします。2 年間で全ての分野を網羅できるようにスケジュールが組まれており、幅広いCP を系統的に学ぶのに大変役立ちます。

 そしてレジデントにとって最も鬼門なのがCTLM です。これはレジデントが各々新しい検査について選び、その検査が開発されるに至った臨床的背景、検査の原理、文献の系統的考察を通してその検査について厳しく批評し、最後にここUPMC でもこの検査を実施すべきか、について結論を出す、というものです。レジデントはそのプレゼンテーションの間、指導医などから様々な厳しい質問(時には難癖のようなのもありますが)を浴びせられます。プレゼンテーションの後、各指導医が記入した評価シートを基に、CTLM 担当の指導医からプレゼンテーションの良い面や改善すべき点などを事細かに確認していきます。CTLM はCP rotation の間、半年に一度担当し、私は4 回ほど行いました。初めは質問を受けても意味が分からず立ち往生したりと極めて苦痛でしたが、回を重ねるうちに要領をつかみ、よい評価を得られるようになりました。CTLM は確かに大変ではありますが、これを通して検査そのものについて原理から臨床的意味合いなど深く理解するだけでなく、効果的プレゼンテーションの仕方、などを学ぶことのできる、大変貴重な機会であり、ピッツバーグ大学におけるCP レジデント教育の大きな山場になっています。

 その他にも毎週水曜日正午には病理リサーチセミナーがあり、細胞生物学から解剖病理まで幅広く話を聞くことができます。また各ローテーション毎にもカンファランスがあり、レジデントはそれらにも参加することになります。


【レジデント研修日記−No.11】2004.6

 アメリカのレジデントは年に一回、全米での統一テストを受験させられます。もちろん病理レジデントも例外ではなく、毎年5 月にResident In-Service Exam(RISE)を一日がかりで受験することになります。RISE はAP、CP、Special topic の 3 sessions に分かれており、AP/CP residents は全て、straight AP residents はAP & Special topic、そしてstraight CPresidents はCP & Special topic を受験します。USMLE と同様昨年からコンピュータによるテストになりました。この試験の特徴は全米での統一テストであり、自分の得点の全米全体平均、そして学年ごとの平均との比較、そしてプログラム内での席次などがわかってしまうことでしょうか。レジデントは後日プログラムディレクターと個々に面接をし、自分の各ローテーションでのfaculty が記入した評価シートとこのRISE の結果から自分自身の到達度、習熟度、弱点、そして将来の進路などを話し合うことになります。

 全米での統一試験、そしてその結果を踏まえて個々のレジデントの学習到達度を細かく評価する点など、アメリカレジデント教育のきめ細かさがよく現れていると思います。またレジデンシー終了後、専門医試験を受けることになります。現在は年に2 回ほど実施されるそうで、それぞれAP/CP、AP-only、またはCP-only を受験することになります。 AP-only またはCP-only の受験の場合、AP/CP 受験者よりも合格最低点が高く設定されていると聞いております。また2006 年以降、10 年毎の更新が必要になり、毎回専門医試験を受験し合格しなければ専門医を名乗れなくなりました。この国で生きていく限り、いつまでたっても試験からは解放されないようです。


【レジデント研修日記−No.12】2004.8

 多くのレジデントは3〜4 年のレジデント研修の後、フェローシップに進み、更に数年の研修を積むことになります。多くのAPCP residents はAP のフェローシップに進みますが、中にはCP のフェローシップに進む人もいます。

 CP にはClinical Chemistry、Medical Microbiology、Molecular Genetic Pathology、Hematopathology、Blood Bank(Transfusion Medicine)などのsubspecialty があり、その全てにフェローシップがありますが、Clinical Chemistry、Microbiology のフェローシップはあまり一般的ではありません。

 Clinical Chemistry とMedical Microbiology のフェローシップはM.D. およびPh.D. を対象とした1〜2 年のプログラムで、フェローはそれぞれの分野の研修およびリサーチに従事することになります。しかしACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)認定のプログラムは全米でも数少なく、例え認定の取れていないプログラムを終了してもsubspecialty board 専門医試験の受験資格は得られません。しかしPh.D. の人はともかく、M.D. でCP-board 専門医の場合、Clinical Chemistry およびMedical Microbiology のsubspecialty board 専門医は現時点ではあまり意味をなさないようです。

 Molecular Genetic Pathology(MGP)は近年脚光を浴びている分野で、主にoncology、infectious disease、そしてcongenital disorder といったAP そしてCP 両者にまたがる広い分野での分子診断に従事します。比較的新しい分野ですが、最近subspecialty board 専門医試験も始まりました。日本人ではAPCP board 専門医かつ、MGP-subspecialty board 専門医でもあるHarvard Medical School/Brigham and Women's Hospital の荻野周史先生(http://labmed.bwh.harvard.edu/pathology/Faculty/Shuji_Ogino.htm)が第一人者です。

 Hematopathology も2 年間のフェローシップがあり、この非常に広くて深い分野を習得するにはフェローシップで更なるトレーニングを積むことが必要不可欠です。血算、ヘモグロビン電気泳動など血液学検査に加え、血液凝固、骨髄やリンパ節生検などの白血病やリンパ腫診断などAPCP 両者にまたがる分野を学ぶことになり、そういった意味でAP フェローシップともいえます。

 Blood Bank(Transfusion Medicine)はCP フェローシップの代表的なもので、1 年のフェローシップの中で、輸血学全般にわたりトレーニングを積むことになります。輸血製剤の選択、輸血反応の処置、血液交換などに直接関わる最も臨床に密接したフェローシップといえます。日本人ではHarvard Medical School/MGH でCP レジデンシーおよび輸血のフェローシップを終えられ、現在Baylor College of Medicine で活躍されている照屋純先生(http://www.bcm.edu/medicine/teruya.htm)が第一人者です。


【レジデント研修日記−No.13】2004.10

 検査医に対する認知度はアメリカでも決して高いとはいえません。検査医はアメリカにおいてあくまで病理医であり、内科医ではありません。そして生理学検査、心エコーなどはアメリカでは臨床検査医学に含まれていません。市中病院で働く殆どの検査医はAPCP のトレーニングを受けており、その中心業務はあくまでAP です。その場合、APサイドで病理診断業務に携わる一方、検査室管理、輸血管理などに携わることになります。市中病院やグループプラクティス(開業)の求人はまずAPCP 対象です。

 CP のみのトレーニングを受けた検査医もいますが、彼らの活躍の場はアカデミックないし検査会社に限られます。アカデミックでさえもあくまで少数派でして、ピッツバーグ大のCP faculty の場合、22 人中5 人です。残りの多くはAPCP,そして一部Ph.D.となります。Straight CP pathologists の多くはPrinciple Investigator としてグラントをとり、積極的に基礎医学そしてトランスレーショナルリサーチを推進しています。 検査医の多くは検査室管理以外の業務、市中病院やグループプラクティスの場合はAP 業務を、そしてアカデミックの場合は研究、そして教育に携わっています。アメリカでも検査医として検査室管理業務だけをしている人は殆どいないようです。

 これまで約2 年間に渡り、こうした連載の機会を与えてくださった森三樹雄先生、そして大谷慎一先生に厚く御礼申し上げます。今までお付き合いしていただいてどうもありがとうございました。